2015年10月14日水曜日

【日々の光】10月14日朝

なぜなら、キリストは、死者と生者との主となるために、死んで生き返られたからである。 [ロマ14:9]

彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。 ■ キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」。 ■ ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。 [イザ53:10,11|ルカ24:26|2コリ5:14,15]

イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。 ■ キリストは、天地が造られる前から、あらかじめ知られていたのであるが、この終りの時に至って、あなたがたのために現れたのである。あなたがたは、このキリストによって、神を信じる者となった。 [使2:36|1ペテ1:20,21]

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