2015年3月24日火曜日

【日々の光】3月24日朝

アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。 [創15:6]

彼(アブラハム)は、神の約束を不信仰のゆえに疑うようなことはせず、かえって信仰によって強められ、栄光を神に帰し、神はその約束されたことを、また成就することができると確信した。だから、彼は義と認められたのである。しかし「義と認められた」と書いてあるのは、アブラハムのためだけではなく、わたしたちのためでもあって、わたしたちの主イエスを死人の中からよみがえらせたかたを信じるわたしたちも、義と認められるのである。 [ロマ4:20-24]

世界を相続させるとの約束が、アブラハムとその子孫とに対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからである。 [ロマ4:13]

信仰による義人は生きる。 ■ また、約束をして下さったのは忠実なかたであるから、わたしたちの告白する望みを、動くことなくしっかりと持ち続け、 ■ われらの神は天にいらせられる。神はみこころにかなうすべての事を行われる。 ■ 神には、なんでもできないことはありません」。主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう。 [ロマ1:17|ヘブ10:23|詩115:3|ルカ1:37,45]

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