2015年6月27日土曜日

【日々の光】6月27日朝

だれが、その前に立つことができようか。 [黙6:17]

その来る日には、だれが耐え得よう。そのあらわれる時には、だれが立ち得よう。彼は金をふきわける者の火のようであり、布さらしの灰汁のようである。 [マラ3:2]

わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、・・・「彼らは大きな患難をとおってきた人たちであって、その衣を小羊の血で洗い、それを白くしたのである。彼らは、もはや飢えることがなく、かわくこともない。太陽も炎暑も、彼らを侵すことはない。御座の正面にいます小羊は彼らの牧者となって、いのちの水の泉に導いて下さるであろう。また神は、彼らの目から涙をことごとくぬぐいとって下さるであろう」。 [黙7:9,14,16,17]

今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。 ■ 自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。 [ロマ8:1|ガラ5:1]

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